【木村草太の憲法の新手】(5)PTAへの強制加入は許されない
徴兵制をめぐる議論で、「軍事技術が高度に専門化した現在、徴兵制は軍事的に不合理であり、その導入への懸念は杞憂(きゆう)にすぎない」と主張されることがある。この主張には一理ある。しかし、徴兵反対派は、おそらく納得しないだろう。なぜなら、軍事的合理性以外の理由で、徴兵制が導入される懸念があるからだ。
日本のPTAを見ていると、その懸念は杞憂とはいえないように思う。新学期シーズンということで、PTAについて検討してみよう。
PTAとは、学校に通う子どもの保護者(Parent)と教師(Teacher)からなる団体(Association)だ。法的には、ボーイスカウト等と同様の「社会教育関係団体」とされ、任意加入団体だ。加入を強制することは、憲法21条1項の保障する「結社の自由」に反し、許されない。
通常、何らかの団体に加入する場合には、加入希望者が加入を「申請」し、団体の側がそれを「承認」する手続きが踏まれる。自ら加入申請しなければ、知らないうちに団体に加入させられることはなく、団体の側は、その人の存在すら把握しようがない。
ところがPTAの場合、学校や特定保護者などを通じて、全校児童・生徒の名簿の提供を受け、任意加入であることを告げずに、保護者全員に役員等の就任や会費納入を求めるお知らせを配り出すのが一般的だ。
PTAは学校とは独立した団体だから、名簿流用は、個人情報の流用となり、違法だ。また、任意加入であることを告げずに加入させるのは、詐欺的だろう。
近年は、さまざまなメディアで、PTAが任意加入であることを伝える機会も増えてきている。しかしながら、任意加入制が実現しているPTAは少ない。PTA幹部が、PTAの崩壊を恐れ、任意加入の周知を避けてしまうからだ。
考えてみれば、強制しないと加入者を確保できないということは、PTAを嫌う人が多いということだ。実際、PTAでは、役員の押し付け合いをめぐるトラブルが絶えない。「子どものため」という立派なスローガンの裏で、嫌がらせが横行してしまう。
こうしたPTAの状況は、私たちの社会が「嫌がらせのための強制」に対する抵抗力が弱い社会であることを示している。
もしも国家権力が、「若者の祖国を愛する気持ちを育てる」とのスローガンの下に、無意味なボランティア労働を強制したとしても、抵抗は難しそうだ。徴兵制への懸念は払拭(ふっしょく)できない。
では、どうすべきか。
PTAで嫌がらせが生ずる原因は、多くの場合、「本当に困っている人」への想像力の欠如にある。多くの人にとっては、PTA強制加入の不利益は、ちょっとの我慢でやり過ごせる。嫌々でも付き合っておいた方が、改革に向けて努力するよりも楽だ。しかし、一人親で多忙を極める人にとっては、子どもとふれあう貴重な時間を奪うことになる。センシティブな病を抱える人にとっては、耐え難い心労となる。
こうした「本当に困っている人」への想像力こそ、異なる人々の共同的な意思決定、つまり民主主義の基盤だ。基地問題に「本当に困っている」沖縄の人々であれば、PTA強制加入の深刻さも理解して頂けるのではないかと思う。(首都大学東京准教授、憲法学者)(2015年4月5日付沖縄タイムス)
木村 草太(きむら そうた)
憲法学者、首都大学東京准教授
1980年横浜市生まれ。2003年東京大学法学部卒業し、同年から同大学法学政治学研究科助手。2006年から首都大学東京准教授。法科大学院の講義をまとめた「憲法の急所」(羽鳥書店)は「東京大学生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読書」と話題となった。主な著書に「憲法の創造力」(NHK出版新書)「テレビが伝えない憲法の話」(PHP新書)「未完の憲法」(奥平康弘氏と共著、潮出版社)など。